アンジーのケセラセラ記ログ 

素敵な街や一期一会の備忘録です。

軍艦島クルーズ

アンジー

軍艦島@長崎港から船で約40分のところに位置する端島のこと。お昼のツアーに参加しました。最初は軍艦島デジタルミュージアムで歴史を学びます。https://www.gunkanjima-museum.jp/


その後クルーズ船でGo!

世界遺産に登録されて一気に有名になりましたが、この小さな海底炭坑の島は、岩礁の周りを埋め立てて造られた人工の島で、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになったそう。


最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、当時、日本一の人口密度を誇っていました。


島内には小中学校や病院などを完備、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もあり1974年に閉山、しばらくは歴史の表舞台から消えていましたが2009年に一般の方の上陸が可能になり、2015年7月世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として正式登録されました。軍艦島に向かう途中、三菱重工業長崎造船所には日本で初めて建設された電動クレーン「ジャイアント・カンチレバークレーン」が見れました。そこで戦艦「武蔵」を建造したそうです。(前出トミーさんを想い出し涙)


私が行った日は天気がよく、上陸できると思ったのですが、結果はNG。残念。


2021年4月1日から長崎市の「上陸の可否に関する基準」が厳しくなったそうで、いまはなかなか上陸が難しいようです。なので近くまで行って船から鑑賞です。


軍艦島に近づくと、どんどん波が荒くなります。(船席の前ポケットに入っている黒いビニール袋の使用率が上がります。💦)


私も三半規管が弱いので、写真も撮ることもできずただジーっと座っているのみ。ご興味ある方は→

https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/51797

隣の母親はいたって元気でしたし、始終、「上陸できるんじゃない?」と言い続けておりました。笑


↑軍艦島ミュージアム、当時の住居再現。


軍艦島の雰囲気だけでも味わいたい方は、2015年の夏に「進撃の巨人」が実写映画化になり、軍艦島の建物を背景にして撮影されています。また007シリーズの中で、2012年上映された『007 スカイフォール』が軍艦島をセットモデルとして、CGで再現しています。

長崎平和公園で猫と平和を祈る

アンジー

前後しますが、グラバー園の前、Day3は長崎平和園からスタートです。

原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある平和公園は、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界恒久平和への願いを込めてつくられました。

長崎市民の平和への願いを象徴する平和祈念像。作者は北村西望氏は長崎出身の彫刻家で、この像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めたそう。

約18.5ヘクタールと広大な敷地。

園内には「平和祈念像」や「平和の泉」、そして「原子爆弾落下中心地」などがあり、当時について知ることが出来る大変貴重な場所です。

本当世界が平和であってほしいです。

猫も平和を祈って、


近くにある浦上天主堂。

浦上天主堂は、爆心地の北東約500mに位置します。浦上カトリック信者が30年の歳月をかけて、積み上げていった煉瓦造りの天主堂は、原爆により、わずかな堂壁を残して倒壊しました。天主堂の正面には2基の塔があり、その上に鐘楼がありましたが、原爆被爆により鐘楼のドームは南側のものが天主堂内に落下し、北側のものは天主堂北側に落下し、がけ下を流れる小川まで滑落しました。この鐘楼は、鉄筋コンクリート製で直径5.5m、推計約50tと言われています。長崎原爆資料館-被爆遺構マップより。

戦争の風化が進む中で 今なお傷跡を我々に伝えてくれています。

グラバー園~猫とトミーさんに想いをよせて

アンジー

長崎のグラバー園は、元々このエリアにあった旧グラバー住宅をはじめとする3つの洋館のほか、明治時代に長崎市内に点在していた6つの歴史的な建築物を移築復元した、長崎を代表する観光名所です。

この日は修学旅行生でとっても賑やかでした。さらに女子中学生が『尾曲がり猫!』だ、と慌ててみると長崎名物!幸運を呼ぶといわれる『尾曲がり猫!』発見。

写真取れなかったので、画像お借りします

→(https://www.welcomekyushu.jp/article/?mode=detail&id=456)

尾曲がり猫にはしっぽの形が異なるものがいて、「まがりしっぽ」「短尾」「お団子しっぽ」の3種類がいます。

長崎の猫の8割がこの尾曲がり猫と言われていて、そのかぎしっぽで幸せをひっかけてくるという幸運の猫と言われています。

幸先いいのでしょうか。楽しみです。


長崎は古くより港を開き、幕府より正式に外国人の居住が認められて、長崎外国人居留地が誕生した歴史がありますよね。

この時代に建築された、150年以上前の貴重な建物である旧グラバー住宅、旧リンガー住宅、旧オルト住宅は、国指定重要文化財に指定され、中でも旧グラバー住宅は、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つとしても登録されています。


旧グラバー住宅は、貿易商であり、グラバー商会を設立した英国スコットランド出身のグラバーさんが住んでいた邸宅です。弱冠21歳でスコットランドから来日。

文久3年(1863)に建立し、現存する日本最古の木造洋風建築物として、昭和36年(1961)に国指定重要文化財に指定されました。グラバーさんは東京に移転してからも、たびたび長崎に戻りここに滞在。


明治44年(1911)のグラバーさんの死後、長男トミーさん(長崎のミッションスクルールから学習院大学、そしてアメリカの大学に行き、帰国後は実業家としてまた水産学者として活躍)こと、倉場富三郎さんが昭和14年(1939)、三菱長崎造船所へ売却するまで、妻のワカさんとここに住んでおりました。

混血の豊かな才能溢れるの富三郎さんは、長崎の町が商業と観光の拠点となるよう国際交流に力を注ぎましたが、想いと努力とは裏腹に戦争が勃発。

戦艦「武蔵」建造中の造船所を一望できる「グラバー邸」に住む彼らにスパイ容疑がかけられ売却したそう。

日本人として生きてきた富三郎さんにとって、それは耐えられない屈辱であったそうで、その苦悩から終戦直後、自ら命を絶ってしまった悲しすぎるファミリーヒストリーの結末です。


自由亭喫茶室:

オシャレな空間の中で、港を一望できる喫茶室でビーフシチューをいただきます